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(4) 16・08・22 グリーンギャラリー(調布)

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神代植物公園グリーンギャラリー(その1)

 自由広場通りを抜けグリーンギャラリーそして深大寺を廻る。
 ここら一帯(旧:神代村)はもともと東京の街路樹を育てるための苗圃(ビョウホ:苗木などを育てる畑)だった所。戦後、神代緑地として公開されたあと、昭和36年に神代植物公園と改め、都内唯一の植物公園として開園した。


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神代植物公園グリーンギャラリー(その2)

 有料の神代植物公園と違い、ここ神代植物公園グリーンギャラリーは無料の和洋様々な庭園様式の見本園で、ひっそりと落ち着いた佇まいといったところ。
 
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元三大師堂

 深大寺は733年(奈良時代前期)に開山した天台宗の古刹(コサツ:都内では浅草寺に次ぐ歴史を持つ由緒のある寺)。寺の基礎を確立した座主・慈恵大師は正月三日に亡くなったので元三(ガンザン)大師とも呼ばれている。

♪ 武蔵野エレジー
[作詞] 嵯峨哲平 [作曲] 遠藤 実 [唄] 島倉千代子
一、 
雑木林の 落ち葉に埋もれ
肩を抱かれた 深大寺
激しい胸の ときめきも
今はむなしい 武蔵野の
ああ 武蔵野の思い出よ


 神代植物公園が開園する以前、この辺りに昆虫採集に来たことがある。細い木を蹴飛ばすとカブト虫が落ちてきた。最寄りの駅は京王線・つつじヶ丘駅だが、当時は金子駅といった。

金子駅
・大正02年(1913) : 笹塚~調布間(12km)で開業。金子村なので金子駅とし、駅は甲州街道上にあった。
・昭和02年(1927) : 現在地(甲州街道から南に130m)に移動。 
・昭和32年(1957):金子駅をつつじヶ丘駅に改称(宅地開発の計画名称が「つつじヶ丘」であったことと、国鉄・八高線に金子駅があるため)

(チビの日記!!チビのお出かけ 4)
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by chibi-papa | 2004-08-22 00:00 | チビのお出かけ  

善福寺公園(杉並) (3) 16・08・08 

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上ノ池(その1)

 善福寺池(ゼンプクジイケ)は 「上ノ池」 と 「下ノ池」 の2つに分かれていて、「上ノ池」 ではボート遊びができる。中島には弁財天があって、その真向かいが遅野井(オソノイ)

武蔵野三大遊水地 : 武蔵野台地からの湧水池として、三宝寺池(石神井公園)、善福寺池、井の頭池が知られている。

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上ノ池(2)

 ワァーイ 夏だ! 夏本番だ~!! 思いっきり大声で叫んでしまった。
 池の向こう側の遅野井は小さな滝のようになっていて、湧き水が流れ出ていたニョ。
(現在はポンプで汲み上げているけど)
 遅野井、なんとも変わった名称だニャ。1189年、源頼朝が義経を討つため奥州平泉に向かう途中、折りからの旱魃(カンバツ)で軍勢が渇きに苦しんでいた。そこでこの地で飲み水を探し求めることになった。「まだかまだか」と水が出るのを待ちわびたことから、「遅いのう~」→「遅野井」となったんだとさ。

1189年、源頼朝が出陣して藤原泰衡(フジワラのヤスヒラ)を滅ぼし(奥州藤原氏の滅亡)、源頼朝の全国統一が完成した。

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下ノ池

 夏本番だけあって暑いニャ~。ハァー! ハァー!暑いのう~、暑いのう~、だからここは野井でなく、井野だったりして。これ駄洒落ニャ~。猫だってたまにはダジャレ言うニャ~。
 こちらの「下ノ池」は葦(アシ)が生い茂っていて武蔵野の池の風情を色濃く残している。時間がゆったり流れている。ベンチで一休み。
 すぐそこにある水門から善福寺川となって流れ出し、中野区弥生町で神田川に合流している。


(チビの日記!!チビのお出かけ 3)
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by chibi-papa | 2004-08-08 00:00 | チビのお出かけ