旗洗池跡(幡ヶ谷)(186) 21・03・28 

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洗旗池の記念碑

 平安時代後期に東北地方を舞台にした後三年ノ役(1083~1087)の帰途、源 義家(みなもとのよしいえ、通称:八幡太郎)がこの池で源氏の旗である白旗を洗ったという。このことが旗→幡、幡ヶ谷というこの付近一帯の地名の起源となった。
 この湧水池は神田川に注いでいたが、昭和38年(1963)に埋められ、今は「洗旗池」(はたあら いけ、東郷平八郎の筆)の記念碑だけが残されている(渋谷区本町1丁目9)

後三年ノ役によって、東北地方に覇を唱えていた清原氏が消滅し、平泉における奥州藤原氏が登場するきっかけとなった。また、源義家は東国に源氏の勢力基盤を築いた。
源義家については平成21年2月22日の チビの愛唱歌 ♪41 八幡太郎 を見てね。

源義家はその白旗を金王八幡宮に奉納して上洛したという。

ここにあった小笠原・子爵邸(元 肥前唐津藩・小笠原邸)を訪れた東郷平八郎が揮毫した。現在は高知新聞社員寮・洗旗荘が建っている。
日本海海戦でバルチック艦隊を撃破した東郷元帥がなぜ揮毫したのか?については、
平成18年9月16日の チビのお出かけ 73 金王八幡宮例大祭と、
平成20年5月18日の チビのお出かけ 154 渋谷・鹿児島おはら祭 を見てね。

高知新聞は平成15年(2003)高知県警の捜査費問題を報道した。警察の裏金作り問題で担当の記者は、書くか書かないかで究極の選択を迫られる。
警察幹部から、書いたら 「おまえは警察の敵になるぞ」 「尾行するぞ」 「携帯電話の履歴を調べるぞ」 と言われ、書かなければ 「一生おまえに新聞ネタを流してやる」 と。
新聞社員として生きるのか、新聞記者なのかを迫られたが、新聞記者魂を捨ててしまったら新聞記者になった意味がないと、同年7月、報道に踏み切った。

しかし、高知新聞は平成18年(2006)の高知白バイ衝突死事故では沈黙した。高知新聞の記者魂はどこへ行ってしまったのだろう。
高知県吾川郡春野町(現高知市)の国道56号で、高知県警白バイ(一般道路を利用しての高速走行訓練中)が、中学3年生22人と教員3人を乗せて国道沿いのレストランの駐車場から出てきて、右折のため停車していたスクールバスに激突し、白バイ隊員が死亡した事故。
高知県警はこのままでは死亡した白バイ隊員の年金とか保険とかが不利になるということなのであろうか、後日になってバスは時速10キロで白バイを跳ね死亡させたとした。動いていた証拠に1メートル超のブレーキ痕が付いていたと言い出した(証拠捏造疑惑)。それに同僚を庇うためなのか白バイ隊員の不自然な証言を採用する一方で、警察・検察のストーリーに都合の悪い目撃者やスクールバスに乗っていた生徒・教員らの証言、それに交通事故鑑定人による鑑定をことごとく無視して、禁錮1年4ヶ月の判決。高松高裁、最高裁と判決は覆らず、現在服役中。
この事件は高知県警と検察、裁判所それに県警の言いなりに取材を続けた高知新聞による、でっち上げて作った事故で罪に陥れるという悪質な犯罪と思われる。

 ・・・ 今年のキーワードは 『 解 』 ・・・
(チビの日記!!チビのお出かけ 186 )
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by chibi-papa | 2009-03-28 23:58 | チビのお出かけ  

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