(187) 21・03・28 小石川後楽園

 咲く花に 波動見えたり 魂が鳴る (チビ)
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満 開

 小石川後楽園は水戸藩邸の回遊式築山泉水庭園(かいゆうしき つきやま せんすい ていえん)「後楽園」である。後楽園の名は「士はまさに天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という武士の嗜み(たしなみ)である「先憂後楽」(せんゆうこうらく)の思想からきている。
 なぜ「後楽園」の前に「小石川」が付いているかというと、大正11年(1922)岡山城の庭園が史跡名勝に指定され「後楽園」と登録されたため、それに後れて翌年に登録する際には「小石川」を付けるしかなかった。では、なぜ「小石川」にしたかと言うと、当時は小石川区だった(明治11年小石川区発足、昭和22年本郷区と合併して文京区となる)からで、小石川区にある後楽園の意味。


 造園は江戸時代初期に水戸徳川家の江戸屋敷内に水戸藩の初代藩主・徳川頼房(1603~1661、よりふさ、家康の11男)が着手し、2代藩主・徳川光圀(みつくに)がそれを引継ぎ四十年の歳月をかけて完成させた。光圀は我が国に亡命してきた明(みん)の儒学者・朱舜水(しゅ しゅんすい)の意見を採り入れて、和風の中にチャイナ風を織り込んだ。

 ところが、3代藩主・綱條(1656~1718、つなえだ、光圀の甥)は桂昌院(けいしょういん、第5代将軍・徳川綱吉の生母)の来園に際して、高齢の桂昌院が歩きやすいように改修してしまった。

 さらに、幼くして4代藩主になった宗堯(1705~1730、むねたか)の実父・松平頼豊(1680~1735、よりとよ、高松藩主)は自分の好みで「四国の景」を採り入れてしまい、綱條時代の改修と合わせて、光圀が完成させた庭園はその趣(おもむき)を大きく変えられてしまった。

 9代藩主・斉昭(1800~1860、なりあき)は庭園を旧に復すことに努めた。明治2年(1869)、版籍奉還により明治新政府に奉還され陸軍省の所管となったが、庭園部分は陸軍によって保存された。史跡名勝に指定された大正12年(1923)には関東大震災に遭っている。

小石川後楽園は、国の特別史跡と特別名勝の二重指定を受けている。

 その後は東京市に移管され、昭和13年(1938)から一般公開された。しかし、アメリカ軍の空爆により得仁堂(とくじんどう)以外は灰燼(かいじん)と化してしまった。戦後いち早く植えられた枝垂桜(しだれざくら)が都内でいち早く満開に。その波動が魂に共鳴する。
 
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満 面

 京都の嵐山を流れる大堰川(おおいがわ)と渡月橋(とげつきょう)をイメージしている。渡月橋は低い土橋になっている。ここに立っていると春風がそよそよと頬と髭を撫でていくニャ~。春風満面(しゅんぷう まんめん)

 それにしても大堰川の堰を何で 「 い 」 と読むのかニャ~。堰(せき)のことを井堰(いせき)とも言うから、その 「 井 」 の部分だけを持ってきたのかニャ~?
 因みに大堰川は上桂川、保津川(ほづがわ)、桂川と名を変えて淀川に合流し、大阪湾に注いでいる。


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満 員

 築地塀(ついじべい)に囲まれた7万㎡強の園内はけっこう起伏がある。パンフレットには 『 大江戸・東京に残る深山幽谷 』 とあるが、このとおりの満員行列の状態。
 入園するときも60mほどの行列だった。他の桜の名所の多くがまだ蕾ないし咲き始めなのに、ここは24日から満開との情報で皆、週末に押し寄せて来たのだろう。桜は人を引きつける。猫も引きつける。ニャ~!


深山幽谷(しんざんゆうこく) : 人があまり行かない奥深い自然。

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満 月

 朱舜水の設計によるもので、水面(みなも)に映る形が満月のように見えることから円月橋と名づけられた。流れは神田上水跡。
 神田上水は井ノ頭池を水源とし、ここから2、5km西の目白台下の関口大洗堰(大滝橋付近)から取り入れていた。そして小日向台(こびなただい)の麓に沿って水戸藩邸に入りこの後楽園内を横断。水道橋近くで大樋で神田川を越えて、神田、日本橋方面に給水していた。

取り込んだ上水路は現在、巻石通りになっていて地名も水道2丁目、1丁目となっている。道路がくねくね曲がっているのは水路が麓に沿っていたため。麓の上には9ヶ社寺が並んでいる。

巻石通り : 暗渠に石が巻いてあったことから巻石通りと呼ばれるようになった。1、4km。

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満 喫

 右は大泉水。神田上水を引いて造った池。蓬莱島や竹生島が浮かぶ。
 
 魂奮られ 満喫あとは 花疲れ (チビ)

大きな巣箱?の上で一休み。
何言っているの!これから東京天文台
(国立天文台三鷹)に行って、輪っかのない土星を見るんでしょ。
薄日が差しているけど、こんな状態で見えるのかニャ~?
 

不安が的中。夜になっても上層の雲が多く、薄曇りで残念でした。でも、そこで研究している大学生から土星についての講義と50センチ反射望遠鏡の説明を受けた。

 ・・・ 今年のキーワードは 『 解 』 ・・・
(チビの日記!!チビのお出かけ 187 )
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by chibi-papa | 2009-03-28 23:59 | チビのお出かけ  

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