(169)20・09・21 武蔵国衙跡(府中)

e0031605_1161511.jpg
武蔵国衙跡(むさし こくが あと)

 645年の「大化の改新」以降、古代の律令国家は、行政単位として全国を68の国に区分していた。武蔵国(むさしのくに)はその一国であった。
 衙とは役所のことで、国衙(こくが)は国の役所。武蔵国衙を今風にいえば東京都の都庁本庁舎。武蔵国衙は奈良時代の初期から平安時代中頃にかけて武蔵国の行政の中心地だったところで、京王線・府中駅から300m南にあり、隣接して大国魂神社(おおくにたま じんじゃ)がある。


郡の役所は郡衙(ぐんが)といい、東京23区は城北地域が武蔵国豊島郡、城南地域が武蔵国荏原郡の2つに分かれていた。豊島郡の郡衙は北区のJR上中里駅近くの滝野川公園にあった。荏原郡の郡衙は東急大井町線の荏原町駅付近にあったらしいがそれを裏付ける資料は出土していない。

 国衙の建物の柱が復元展示されている。道路になっていて柱を復元できない箇所には、柱があったことを道路上に赤丸で示されている。
 発掘調査の内容を展示している遺構展示館がある。それによるとこの辺り一帯に大型の建物が整然と配置されていたことが分かる。


 武蔵国衙の外港は品川湊(品川区東品川1丁目付近)だったことから、現在でも大国魂神社の神事は品川湊に始まる。脈々と続いている歴史を感じるニャ~。

68ヶ国の区分
その① : 国力(経済力)を基準に大国(13ヶ国)、上国(35ヶ国)、中国(11ヶ国)、下国(9ヶ国)の4等級に区分されていた。武蔵国は大国
その② : 畿内(5ヶ国)からの距離によって、近国(16ヶ国)、中国(17ヶ国)、遠国(30ヶ国)に区分されていた。武蔵国は遠国
その③ : 七道(州のようなもので五畿七道という)に区分されていた(北海道は1869年に設置され五畿八道となる)。畿内(5ヶ国)を中心に、東海道(14ヶ国)、東山道(9ヶ国)、北陸道(7ヶ国)、山陰道(8ヶ国)、山陽道(8ヶ国)、南海道(6ヶ国)、西海道(11ヶ国)
771年に相模国・武蔵国間の道路が整備されると武蔵国は東山道から東海道に所属が変更になった

 つまり、武蔵国は国力のある大国であるが、都から遠く離れた東山道(後に東海道)に属する国ということになる。

大 国 : 大和国、河内国、伊勢国、武蔵国、上総国、下総国、常陸国、近江国、上野国、陸奥国、越前国、播磨国、肥後国の13ヶ国。

近 国 : 丹後国、丹波国、若狭国、近江国、美濃国、尾張国、三河国、伊賀国、伊勢国、志摩国、紀伊国、播磨国、但馬国、美作国、備前国、淡路国の16ヶ国。

中 国 : 近国と遠国の間にある国。因幡国、伯耆国、出雲国、備中国、備後国、讃岐国、阿波国、越前国、加賀国、能登国、越中国、飛騨国、信濃国、甲斐国、遠江国、駿河国、伊豆国の17ヶ国。

東海道 : 伊賀国、伊勢国、志摩国、尾張国、三河国、遠江国、駿河国、甲斐国、伊豆国、相模国、安房国、上総国、下総国、 常陸国の14ヶ国。(駿河国・甲斐国間は支道)

東山道 : 近江国、美濃国、飛騨国、信濃国、上野国、武蔵国、下野国、出羽国、陸奥国の9ヶ国。(上野国~武蔵国~下野国間はY字形)

北陸道 : 若狭国、越前国、加賀国、能登国、越中国、越後国、佐渡国の7ヶ国。

山陰道 : 丹波国、丹後国、因幡国、但馬国、伯耆国、隠岐国、出雲国、石見国の8ヶ国。

山陽道 : 播磨国、備前国、美作国、備中国、備後国、安芸国、周防国、長門国の8ヶ国。(備前国・美作国間は支道)

南海道 : 紀伊国、淡路国、讃岐国、阿波国、伊予国、土佐国の6ヶ国。

西海道 : 筑前国、筑後国、豊前国、豊後国、肥前国、肥後国、日向国、大隈国、薩摩国、壱岐国、対馬国の11ヶ国。

府中 : 国衙を中心とした都市域を国府あるいは府中といい、広島県の府中市(備後国)や府中町(安芸国)、山口県の防府(周防国の国府)や長府(長門国の国府)などの地名が今でも残っている。

(チビの日記!!チビのお出かけ 169)
[PR]

by chibi-papa | 2008-09-21 01:16 | チビのお出かけ  

<< ♪37東京だよおっ母さん 20... 地下鉄の父・早川徳次(168)... >>