2つの白髭神社+1 (164)20・08・02 

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四ツ木の渋江・白髭神社

 1週間前(7月26日)に渋江陣屋跡を四ツ木・白髭神社付近で捜したが見当たらなかった。それもそのはず、白髭神社は白髭神社でも、四ツ木の渋江・白髭神社付近だったのだ。四ツ木に2つの白髭神社があったとは。
 先週の四ツ木・白髭神社は葛飾区四ツ木2丁目。今回再チャレンジしたのは東四ツ木4丁目の渋江・白髭神社で、両神社は500メートルしか離れていない。

 渋江・白髭神社付近を探索するも遺構も何もなかった。推測するに、中川に奥戸という船着場、そして村の少しはずれに神社があった。第二次・国府台合戦(1564)で活躍した小田原北条氏の家臣・山中頼次(内匠助)がこの地を所領し、神社に隣接して陣屋を建てた。
 小田原北条氏は豊臣秀吉からの再三の上洛要請に従わず、風雲急を告げる事態に。1590年正月早々(天正18年)、あらゆる武具を朱塗りにした赤備え(あかぞなえ)軍団の山中頼次は渋江・白髭神社に戦勝を祈願して、部下を引き連れ小田原城に馳せ参じたのであろうか(1月21日、備蓄米を小田原城内に運び入れる)

 豊臣秀吉が北条攻めに踏み切る。2月10日 徳川家康 駿府(すんぷ)を出陣、秀吉は3月1日 京都を出陣。
 小田原城は20万以上の大軍に囲まれ、ついに7月5日、降伏開城。ここに小田原北条氏は滅亡し、関東は徳川家康の支配下に置かれた。


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荒川(旧:荒川放水路)

 綾瀬川と荒川の間の土手を散策する(向こうに見えるのは京成・押上線の鉄橋)。荒川は水害対策として隅田川の水量を減らすため大正2年(1913)~昭和5年(1930)の17年間をかけて、北区の岩淵水門から東京湾までの全長22キロメートルを掘削した人口河川で、荒川放水路と言っていた。
 それが昭和40年(1965)、それまで岩淵水門から千住大橋付近までを荒川、それより下流を隅田川と言っていたのを、その全体を隅田川と呼び、荒川放水路を荒川と呼ぶこととなった。
 新四ツ木橋で川幅500メートルの綾瀬川(100m)と荒川(400m)を渡る。隣には国道6号線(水戸街道)上の四ツ木橋。この2本の橋はその時々で四ツ木橋、新四ツ木橋、新々四ツ木橋と名称を変えて現在に至っている。暑い上にややこしや。
 葛飾区から墨田区に入る。


本所・深川地区に飲料水を供給する目的で(玉川上水の6年後の)1659年に開削された上水道は現在、葛飾区側は曳舟川親水公園(旧:亀有上水)、墨田区側では曳舟川通り(旧:本所上水)となっている。
曳舟川親水公園は平成18年8月12日の チビのお出かけ 66 を見てね。

新四ツ木橋を渡りながら、ここがかつて江戸時代の上水道と重なっていると思うと感慨深いものがある。

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東向島の白髭神社

 墨提通り(ぼくていどおり)にも白髭神社があった。四ツ木・白髭神社と渋江・白髭神社との関係はもうどうでもいい。チビは元気で、パパ暑さでふらふら。
 白髭神社の近くの隅田川には白髭橋が架かっている。


隅田川と墨田区の「すみ」 : 本所区と向島区が合併するにあたって、隅田川から「隅田区」、墨堤(隅田川の堤)や墨東(ぼくとう、隅田川の東岸地区)から「墨田区」の2つに絞られた。「隅」の字は「すみっこ、はしっこ」の意味から文人に嫌われていたことと、「隅」は当用漢字になかったことから新区名は昭和22年に「墨田区」に決まった。

今、向島が若い創作家を引き付けている。劇団主宰者が古道具店を改装してカフェを開いたり、雑貨デザイナーが古アパートを改装して創作場兼店舗にしたりで、生活感が息づいている。

(チビの日記!!チビのお出かけ 164 )




[[付録]] Q&A
 整理解雇の4要件
Question
 当社は経営が苦しく様々な企業努力をおこなってきましたが、採算が取れない2店舗を閉鎖し合理化を図りたいと思っています。従業員の解雇はできるだけ避ける方向で検討を重ねてきましたが、解雇もやむを得ないという結論になりました。
 当社は半分以上がパートやアルバイトです。このような場合、解雇の選定順序はどうなるのでしょうか?

Answer
 企業の経営悪化を理由とする人員整理(経営上の必要からの解雇、解雇の性格は普通解雇に属します)をおこなう場合、4つの要件が満たされなければなりません。そうでないと、権利の濫用になり、その解雇は無効と解されます。また、就業規則に明記(通常「経営上やむを得ないとき」等の表現で規程されている)が無ければやはり無効となります。

① 人員整理の必要性
 人員整理は基本的に、労働者に特段の責められるべき理由がないのに、使用者の都合により一方的になされるものであるので、必要性の判断には慎重を期すべきであるが、判例によっては、経営裁量を広く認めるものもあります。

② 解雇回避努力義務の履行
 期間の定めのない雇用契約においては、解雇は最後の選択手段であることが要求される。そこで、役員給与の削減、新規採用の抑制、労働時間の短縮、希望退職者の募集、配置転換、出向、一時帰休等によって、整理解雇を回避するための相当の経営努力がなされ、整理解雇に着手することがやむを得ないと判断される必要があります。

③ 被解雇者選定の合理性
 人選基準が合理的であり、併せて具体的人選も合理的かつ公平でなければなりません。

④ 手続きの妥当性
 労働者に対し、整理解雇の必要性とその内容について納得を得るための説明をおこない、誠意ともって協議すべき信義則上の義務を負います。この要件と満たしていないと、他の要件を満たしていても無効とされるケースが多い。

 この4つの要件を満たして、はじめて整理解雇となりますが、その選定は雇用形態の違いだけでおこなうのではなく実質的な部分で判断されます。一般的にパート・アルバイト、そして社員という順序で進めていくことになります。正社員から整理解雇の対象とすることは解雇権の濫用となる恐れがあります。

(情報提供 タックスハウス渋谷駅南口店 FAX03-3463-1652 )
 
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by chibi-papa | 2008-08-02 23:00 | チビのお出かけ  

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