(110)19・05・02 清水寺(上総)

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清水寺・本堂

 いすみ市岬町にある坂東33箇所第32番札所の霊場で、平安時代・初期の807年に坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)によって建立され、音羽山清水寺(おとわざん きよみずでら)と名づけられたとある。急勾配の参道を登り、仁王門、四天門を潜り(くぐり)本堂に辿り着く。
 境内及び山林約10ヘクタールは千葉県郷土環境保全地域に指定されている。


坂上田村麻呂(758~811) : 平安時代・初期の武官。第50代・桓武天皇(かんむ てんのう)らに仕え活躍した。征夷大将軍(せいい たいしょうぐん)として801年、蝦夷(えぞ)のアテルイを降伏させ、802年に胆沢(いさわ、現在の岩手県奥州市)に城柵(じょうさく、軍事的拠点としての性格を持つ行政施設)を築き、鎮守府を多賀城から移した。後世、田村麻呂にまつわる伝説が各地にある。ここも伝説の地の一つか?

田村麻呂の墓 : 埋葬は第52代・嵯峨天皇(さが てんのう)の勅命(ちょくめい)により、平安京守護の願いを込めて、立ったまま甲冑(かっちゅう、鎧兜のこと)姿で東に向けて葬られたと伝えられている。その墓は京都の清水寺から南東3、5kmの所にあり石碑が建てられているが根拠が明らかでない。どうやらそこより北西1、5km、即ち清水寺から南東2kmの京都・山科(やましな)の西野山古墓(にしのやま こぼ)にあるらしい。

日本三大清水寺 : 京都の音羽山清水寺(798年)、千葉・上総の音羽山清水寺(807年)、兵庫の御嶽山清水寺(627年)

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清水寺・参道

 境内の東側の谷間は「音羽ノ森公園」になっている。参道から覗き込む(のぞきこむ)が照葉樹林で深く閉ざされている。公園への急な階段は鬱蒼(うっそう)としていて危ないので、参道を一旦降りてから音羽ノ森公園に廻った。

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音羽ノ森公園

 音羽山清水寺の音羽と取って「音羽ノ森公園」という。ひっそりとした谷間の公園だ。アスレチックで遊んだ。何ッ、胴長(どうなが)だって?要(い)らぬお世話じゃ!
 寺の南側は田圃(たんぼ)が広がっている。このあたり一帯は田植えが終わっていた。


 (チビの日記!!チビのお出かけ 110)
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by chibi-papa | 2007-05-02 00:00 | チビのお出かけ  

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