(76) 18・09・30 柴又・浅草・上野

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寅さんが産湯につかったという柴又帝釈天

 まずは皆さまにご挨拶。
 ボクの生まれは東京のどこか、覚えてない。今の飼い主に育てられ、出自(しゅつじ)はノラ(野良)、名はチビ、人呼んで「お出かけのチビ」と発します。
 首都圏の東西南北、どこにお出かけしてもその土地土地の老若男女の皆様方に、兎角(とかく)ご厄介(やっかい)掛け勝ちなるニャンコです。
 「フーテンの寅」亡き後、この「お出かけのチビ」が引継ぎますので、以後見苦しき面体(めんてい)お見知りおかれまして、恐惶万端(きょうこう ばんたん)引き立てて宜しくお頼み申します。


 すぐ後ろは二天門、奥は帝釈堂。

首都圏 : 1都3県のことで、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県をいう。東京圏とは 東京都心から70km圏内をいう。
 
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いつも賑やかな浅草寺

 柴又から高砂駅乗り換えで、さあさ着いた、浅草に着きました。いつまでも元気にお出かけできるようにと観音様にお参りしましょう。
 お線香の煙を頭に、顔に、体に、そう、そう。いつまでも元気でいようね。ここ浅草はお祭りみたいにいつも賑(にぎ)やか。


 右に風神、左に雷神。名付けて風雷神門、略して雷門。東京大空襲で焼失した雷門は、昭和35年に松下幸之助の寄進によって再建された。

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地上の地下鉄車庫

 浅草から合羽橋本通りをぶらぶら歩き上野へ。途中、東上野4丁目で地下鉄銀座線の車両基地(車検場)を見つけた。

 チ ビ 謎がわかったぞ!かつて、漫才ネタに「地下鉄ってどうやって車両を入れるんだろう」というのがあったけど、この車両基地から入れるんだ!

 パ パ 以前はそうだったらしいけど、今は大型クレーン車を横付けに出来るようなスペースがないよ。

 チ ビ そうだね。じゃ~中野工場から入れるのかニャ~。

 パ パ 中野工場って方南町駅と中野富士見町駅の間にある、あれ?あの線は丸の内線だよ。

 チ ビ パパ、知らないの?東京メトロでは銀座線と丸の内線はレールの幅が144センチ(標準軌)と同じ(集電方式も第三軌条で同じ)だから赤坂見附駅に連絡線があってそこで繋がっているんだよ。でも~、車両基地が地下の場合はどうやって車両を入れるのかニャ~?

 パ パ たとえば、江東区の木場公園の地下が大江戸線の車両基地(清澄白河駅から引き込み線がある)になっているんだけど、そこではクレーンで吊るして穴(搬入口)から直接入れるんだって。大変な作業なので一日に2両ぐらいしか入れられないらしいよ。

 チ ビ そうなんだぁ~、なるほど~。ところでさ、JRはいまだにニャンコから運賃を取っているけど、地下鉄はタダだから、大いに地下鉄を利用しなくちゃね(私鉄もタダ、助かりま~す)

連絡線 : 他の路線同士を接続するための線路のことで東京メトロはこの他に、千代田線の霞ヶ関駅と有楽町線の桜田門駅の連絡線、有楽町線と南北線は市ヶ谷駅に連絡線がある。これによって有楽町線、南北線の車両を綾瀬工場へ引き込むことができる。
都営地下鉄では大江戸線の汐留駅から浅草線の新橋駅・大門駅との間に連絡線(汐留連絡線)を今年の4月に設けた。これにより大江戸線の車両を浅草線の馬込車両検修場に引き込むことができるようになった。ただし、浅草線(一般的なモーターで回転運動)と大江戸線(リニアモーターで直線運動)ではモーターの運動形式が異なることから、大江戸線の車両は浅草線内を自走できないので電気機関車で牽引して馬込車両検修場に引き込んでいる。
・銀座線→(赤坂見附駅)→丸ノ内線→(中野工場)
・南北線→(市谷駅)→有楽町線→(桜田門駅)→(霞ヶ関駅)→千代田線→(綾瀬工場)
・大江戸線→(汐留駅)→(新橋駅大門駅間)→浅草線→(馬込工場)

地下へ電車を入れる方法
① 乗り入れのJR、私鉄から入れる。
② 地上の車庫から入れる。
③ トンネルの天井に開けた搬入口から入れる。
地下鉄の生みの親・早川徳次の回顧録によると②の方法で東上野の車両基地から入れた時、「最初の車が車庫から20分の1の勾配を滑って、隧道に入り込んで行った時は、言い知れぬ感動に打たれ、思わず万歳を叫んだ」とある。 
 
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ここはイタリア?

 Rome(ローマ)にあらず、Ueno(上野)でした。JR上野駅は4年前の平成14年2月に上野駅開業120周年記念の一環としてリニューアルされ、アトレ上野が誕生した。その構内ショッピングセンターの一角に、このようなローマの雰囲気の場所があった(後ろの宮殿はパネル)

上野駅の歴史
明治15年(1882):半官半民の日本鉄道、上野駅の用地を確保。
明治16年(1883):仮駅舎で上野・熊谷間営業。
明治18年(1885):煉瓦造りの本駅舎が竣工。
明治29年(1896):旅客専用駅となる。
明治39年(1906):上野駅、国有化。
大正12年(1923):関東大震災で初代駅舎崩壊。
昭和07年(1937):2代目の駅舎が竣工。
昭和60年(1985):東北新幹線用の地下駅竣工。
平成14年(2002):リニューアルされ、アトレ上野が誕生。

 (チビの日記!!チビのお出かけ 76)
・・・ロハス的な生活を心がけていきたい・・・
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by chibi-papa | 2006-09-30 20:21 | チビのお出かけ  

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