房総半島・勝浦(7) 16・10・10 

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特急わかしお号

 オフシーズンなので列車はすいていた。チビ、おとなしくしていないと車掌さんに叱られるよ!嬉しくて嬉しくて我慢できないチビ。
 勝浦市は千葉県内では一番人口が少ない市だけど、朝市で有名だね。4百年以上の歴史を持ち、日本三大朝市の一つにあげられているんだ。


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漁船が一杯

 鰹の陸揚港、勝浦漁港に漁船がいっぱい!前日の台風22号の影響で、漁船が浜に引き上げられたままになっているのかな?
 台風22号はマーゴンと呼ばれ、伊豆半島に上陸し大きな被害を与えた後、関東地方を縦断して太平洋に抜けたが、台風一過とはいえ曇天(ドンテン)だった。


マーゴン : 香港が命名した116番目の台風の名前で、馬の鞍という山の名前。このように東南アジア、被害アジアの14の国・地域がそれぞれ10個ずつの名前を出して、順に台風に名前を付けている。

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覚翁寺の緑

 どこかに魚が落ちていないかなぁ~と歩いていたら、突き当たった覚翁寺(かくおうじ、植村家の菩提寺、植村家5代の宝筺印塔がある)の境内が、あまりにも綺麗なので、ここで記念写真。
 「魚より景色」。ホントだってば~。


宝筺印塔(ホウキョウイントウ) : 供養塔・墓塔として使われる仏塔の一種で、五輪塔の類。

① 初代・泰忠(ヤスタダ 1539~1611) : 三方ヶ原(ミカタ ガハラ)の戦いと小田原の役における岩槻城攻略で武功を挙げ、徳川家康から上総国夷隅郡勝浦3000石を賜り(後に2000石を加増された)勝浦城に入った。領民に市を開かせ、これが日本三大朝市の原点となった。

② 植村家2代目・泰勝(ヤスカツ 1578~1635) : 関が原の戦いで武功を挙げ、大阪夏の陣にも従軍した。1633年に4000石を加増され9000石になった。

③ 植村家3代目・泰朝(ヤストモ 1603~1663) : 浄林寺を移設して覚翁寺と改称し、菩提寺とした。大番頭(おおばんがしら)に昇進する。拠点を勝浦城から串浜陣屋に移す。

④ 植村家4代目・忠朝(タダトモ 1630~1696) : 2000石を加増され1万1000石の大名となる。勝浦藩・初代藩主。

⑤ 植村家5代目・正朝(マサトモ 1670~1729) : 勝浦藩・第二代藩主。弟に1000石を分与したため1万石となる。

⑥ 植村家6代目・恒朝(ツネトモ 1701~1755) : 勝浦藩・第三代藩主。 第九代将軍・徳川家重が治世の1751年、ある事件で家来の虚偽報告が発覚し改易となる。ここに約160年間に亘る植村氏による上総勝浦の支配は終わる。恒朝は改易されたため墓所は不明。江戸で埋葬されたようだ。


(チビの日記!!チビのお出かけ 7)
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by chibi-papa | 2004-10-10 00:00 | チビのお出かけ  

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