多摩川台公園の古墳(69) 18・08・26

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多摩川鉄橋を渡る電車

 多摩川駅と新丸子駅の間の鉄橋を東横線の電車が通過する。

 平成12年に目蒲線(めかません)は目黒線と多摩川線に分割された。目黒線(目黒駅・武蔵小杉間)は東京地下鉄・南北線及び都営地下鉄・三田線と相互直通運転になり、多摩川線は蒲田駅・多摩川駅間となった。
 また同年、多摩川園駅から 「園」 が消えて多摩川駅に改称された。何故かというと既に多摩川園という遊園地が無くなっていたからなんだニャ。遊園地があった反対側(多摩川駅の西側)にある台地が目指す多摩川台公園なのニャ~。


前方後円墳(浅間神社古墳)の方形部分を削って東急東横線を通してしまったことが平成2年の東横線拡幅工事で分かった。墳丘部分は浅間神社(せんげん じんじゃ)になっていて、墳頂に社殿が建っている。

多摩川園遊園地のその後 : 大正14年(1925)にオープンするも昭和54年(1979)に閉園。その後は多摩川園ラケットクラブとしてテニスコートを運営していたが平成14年(2002)に閉鎖され、現在は大田区が土地を買収し、平成15年より 「田園調布せせらぎ公園」 となっている。
買収額は63億円で区民1人当たり1万円を負担したことになったが、これによって雑木林も湧水も残すことができた(マムシに注意の立て札有り)

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調布浄水場・沈殿池跡

 まず、『あじさい園』 があり、次に 『四季の野草園』 、 『水生植物園』 と続く。
 ここは調布浄水場だった所で、濾過池(ろかち)には野草が、沈澱池(ちんでんち)は蒲や花菖蒲などの湿性植物の池になっている。『水生植物園』 の先に目指す古墳群がある。


写真の赤煉瓦は濾過池と沈澱池を結んでいた門。濾過池は上水道の水を浄化するための貯水池。沈澱池は水中の土、砂、浮遊物などを沈澱させ、その上澄みを得るための池。沈澱させた後に濾過する。

調布浄水場は民営水道(玉川水道株式会社)として大正7年に発足、大正13年に拡張。昭和10年に東京市営水道に統合されるも、多摩川の水質悪化により昭和45年に廃止された。給水地域の人口が少なかったのであろうか。浄水場としてはとてもコンパクトな感じがする。

亀甲山古墳の墳丘部分のほんの一部だけど、調布浄水場の沈殿池のために大正時代に削られてしまった。

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亀甲山古墳(かめこうやま こふん)

 亀甲山古墳と宝莱山古墳(共に直径百メートル級の前方後円墳)が向かい合うようにあり、その間に8つの古墳(いずれも直径15~20m)がある。そしてこれら10基の古墳がほぼ一直線に並んでいる。

 この亀甲山古墳は大田区から世田谷区におよぶ荏原台古墳群(全長5kmにわたって50基ほどの古墳を形成)の中で最大の前方後円墳で全長107m、墳丘の直径は66mで高さは10m。
 まだ発掘調査は行なわれていない。保存状態は良好で盗掘もされていないようなので、調査されれば貴重な副葬品が多数出土するのは間違いない!


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第5号墳

 第1号墳~第8号墳まで八基の古墳が東から順に番号が付されて並んでいる(固有の名称が付されていないので、まとめて多摩川台古墳群と呼んでいる)。これらはいずれも古墳終末期(6世紀末~7世紀前半)の築造で小規模な古墳だ。第1号墳、第2号墳・・・そしてこれが第5号墳。表示板がなければどれも古墳とは気付かない。

 第1号墳と第2号墳は別々の円墳と思われていたが調査の結果、まず6世紀前半頃に円墳(第2号墳)が築造され、その後、6世紀後半にこの第2号墳を方形として利用した前方後円墳(第1号墳)が築造されていたことが判明した。


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第6号墳
 
 ここも表示板がなければ古墳とは分からない。これらは本当に古墳ニャの?と、小首を傾(かし)げるチビ。
 古墳なのか廃土の山なのか、それとも自然現象なのか全く見分けがつかない。このあとの第7号墳も第8号墳も同んなじようだった。


第7号墳と第8号墳の間に切通しがあって、赤く塗られた虹橋が架かっている。ここでの赤の配色は、周りの雰囲気にマッチしていない。

第8号墳 : かつて旧8号墳、旧9号墳と全部で九基と認識していたが、旧8号墳は発掘の結果ただの廃土の山と判明したため除外し、旧9号墳を第8号墳とした(表示板には第8号墳の下に括弧書きで旧9号墳と記されている)。

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宝莱山古墳

 宝莱山古墳(ほうらいさん こふん、築造は4世紀前半)は荏原台古墳群にあっては亀甲山古墳に次ぐ第2の規模を持つ。全長97m、墳丘の直径52mでその高さ11m。
 昭和9年に墳丘部分とは知らず(方形部分には民家が建っていた)に行なった宅地造成工事の際、副葬品が出てきて古墳だと分かった。しかし、墳丘は殆ど失われたままの状態。


平成7年の公園整備に伴う確認調査において、方形部分に特徴が見られそこにも埋葬施設があることがわかった。

古墳展示室 : 運動広場の片隅、第1号墳の近くの管理事務所内にある。そこには第8号墳(旧9号墳)とその石室が復元されていて、出土品のレプリカが展示されている。小さな展示室だけど内容は濃い。

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古墳展示室・猫形埴輪?

 一週間後の9月2日、小冊子の「大田区古墳ガイドブック」と「大昔の大田区」を買いに再び訪れた。自動で撮ったらフラッシュで周りが暗くなっちゃって、まるで置物の猫形埴輪(はにわ)みたいに写ちっやった。
 多摩川の右岸の古墳群。あらためて古代人に語りかけるように、田園調布古墳群の亀甲山古墳、多摩川台古墳群、宝莱山古墳を巡った。


多摩川を 見降ろしていた古代人 流れは永久に 今に未来に (チビ)

 その多摩川も外来種(アマゾン川に棲む観賞魚のアロワナなど)が多くなってしまいアマゾン川にかけてタマゾン川ともいわれている。そこで、市民団体が「お魚ポストの会」を運営して、飼いきれなくなった魚や亀を無償で引き取る取り組みを始めている。

ミドリガメの増加で、在来種のイシガメは見られなくなってきた。

 この後、宝莱山古墳の近くの宝来公園に寄り、田園調布駅まで歩いた。

野毛古墳群については、平成18年8月19日 チビのお出かけ68 を見てね。
 (チビの日記!!チビのお出かけ 69 )
・・・ロハス的な生活を心がけていきたい・・・
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by chibi-papa | 2006-08-26 00:00 | チビのお出かけ  

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