(62) 18・07・15 駒場公園

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(まぶ)しいニャ~

駒場公園(加賀百万石の第16代当主の旧前田侯爵邸)正門

・ 江戸時代の前は馬の放牧場だった(このことから駒場の地名となる)

・ 江戸時代は幕府の御用地としての狩り場、薬草園となり、

・ 明治11年、駒場農学校(後の東京帝国大学農学部)が新宿御苑から移転して来た。

・ 昭和の初め、駒場農学校が本郷に移転し、その跡地を、第一高等学校(現在の東京大学教養学部)、東京農業教育専門学校(東京教育大学農学部が筑波移転に伴い、現在は駒場野公園)、前田侯爵邸宅(現在は駒場公園)に分割された。


第8代将軍・徳川吉宗の頃、大橋2丁目あたりに鷹狩場の管理をしていた御用屋敷があった。
京王井の頭線(駒場東大前駅)を挟んで、駒場野公園は南側、駒場公園は北側に位置する。同じ目黒区立公園で名称が似ているので、注意のこと!今回訪ねたのは駒場公園。
駒場 : 駒は馬のことで、馬の放牧場。

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大きいニャ~

大木が茂り、野鳥が遊ぶ
カラスも野良猫もいる

・ 昭和4年、チューダー様式(Tudor style)の洋館(レンガ造り)が完成した。化粧レンガやタイル張りが施され平成14年まで近代文学博物館として利用されていた。

・ 昭和5年に書院造りの和館が完成した。前田公爵がロンドン駐在武官であったことから、外国人客接待用に使われたようだ。


チューダー様式 : 15世紀から16世紀(チューダー王朝時代)にかけての建築様式で、イギリス後期ゴシック建築様式を簡略化したもの。
書院造り : 書院と呼ばれる建物を中心とする住宅の様式。

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薄暗いニャ~

静かな佇(たたず)まい
都会のオアシス

・ 旧加賀百万石・前田家第16代当主の前田侯爵は東条英機首相の考えに否定的であった(前田利家に始まる前田家は、第14代当主の時に加賀藩は廃藩、現在の当主は第18代)

・ 昭和17年、前田侯爵はボルネオ守備軍司令官として従軍。ボルネオ沖で搭乗機が消息を絶つ(特別に戦死認定される)

・ 昭和20年、敗戦とともにアメリカ軍に接収される。第五空軍司令官官邸、昭和26年から極東総司令官官邸


・ 昭和31年に国有財産になる(戦後の混乱の中で前田家は莫大な財産税の支払いのためこの邸宅と敷地を手放すこととなった)
・ 財産税 :アメリカ軍占領下において執行された税法。課税価格1,500万円超の税率は90%

・ 昭和32年、接収解除、洋館は都近代文学博物館として使用される(昭和42年日本近代文学館に内容を移す)

・ 昭和38年、旧前田邸に公園を建設することを政府決定した(旧陸軍代々木練兵場を公園にすることになったが、そこにNHK放送センターが割り込んできた。そこで代々木公園の面積が縮小する代わりに駒場公園を造るという条件で、折り合いがついた。これによりNHKは内幸町から代々木公園に移転した)

・ 昭和42年、東京都が公園として開園した(国は国有地を都に無償貸与)

・ 昭和50年、東京都から目黒区に移管、現在に至る。


 と言うことは、駒場公園は代々木公園の飛び地なのか。

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帰るニャ~

洋館前の芝生広場
雷雨で水溜り(みずたまり)
チャイムが鳴る、4時30分閉園


(チビの日記!!チビのお出かけ 62)
・・・慈悲の心を忘れずに、ロハス的な生活を心がけていきたい・・・
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by chibi-papa | 2006-07-15 18:22 | チビのお出かけ  

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