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♪ 15 お富さん 18・05・20 

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史蹟玄冶店が人形町交差点の直ぐそばにある

 玄冶店といえば ♪ 「お富さん」。歌が流行ったのは昭和29年。映画は 「ローマの休日」、プロレスは力道山。その一方で中国大陸からの引き揚げ者が続いていた。戦後と高度成長時代を繋ぐそんな時代だった。

♪ お富さん  (昭和29年)
 〔作詞〕 山崎 正  〔作曲〕 渡久地 政信  〔唄〕 春日 八郎 一

粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の お富さん
エーサオー 玄冶店


玄冶店(ゲンヤダナ) : 幕府お抱えの名医、岡本玄冶(2代目)は1657年の明暦ノ大火(振袖火事)で屋敷を失ったため、代替地としてここ日本橋人形町3丁目一帯の土地を第4代将軍・徳川家綱から拝領した。後に居を六本木に移したため、この地は町民に開放されたが、9代にわたって岡本の領地であったため、「玄冶店」と呼ばれる。歌舞伎 『与話情浮名横櫛』(ヨワナサケ ウキナのヨコグシ)では少し捩(モジ)って「源氏店(ゲンジダナ)」として出てくる。

(アダ)な姿 : 正しくは「婀娜な姿」と書く。婀(タオ)やかで娜(シナ)やか。すなわち、婀娜っぽい姿、色っぽい姿のこと。

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Elephant を発見!

 この辺りに「粋な黒塀に見越しの松」の家がないかな~と歩き廻っていたら、エレファントを見つけちゃったゾ~。と、目を丸くして見せるチビ。

粋な黒塀に見越しの松の家 : 松の木が見える黒塗りの塀の家のこと。

「源氏店」切られ与三郎とお富
 物語は明暦ノ大火から2百年ほど経った頃(幕末の安政年間の頃か)のお話で、若旦那の与三郎は潮干狩りでお富を見染め、たちまち二人は恋に落ちる。しかし、お富はヤクザの親分の妾(メカケ)の身。逢引(アイビキ)が見つかり、与三郎は滅多切り(メッタギリ)にされてしまった。お富は与三郎が死んだと思い込み海に身を投ずるが、通りかかった舟に助けられる。
 3年後、与三郎は34ヶ所の刃傷の痕を売り物にしたチンピラに成り下がっていた。ある日、見越しの松に黒塗りの塀の家に押し入ったらそこにお富が!死んだと思っていたお富がどうしてこんな所に?と言うことで、与三郎の恨み辛みが・・・あとは2番以降の歌詞をどうぞ・・・

二、
過ぎた昔を 恨むじゃないが
風も沁みるよ 傷の跡
久しぶりだな お富さん
今じゃ呼び名も 切られの与三よ
これで一分(イチブ)じゃ お富さん
エーサオー 済まされめえ

三、
かけちゃいけない 他人の花に
情かけたが 身の定め
愚痴はよそうぜ お富さん
せめて今夜は 差しつ差されつ
飲んで明かそよ お富さん
エーサオー 茶碗酒

四、
逢えば懐かし 語るも夢さ
誰が弾くやら 明烏
ついてくる気か お富さん
命短く 渡る浮世は
雨も辛いぜ お富さん
エーサオー 地獄雨


明烏(アケガラス) : 新内節(シンナイブシ)の代表曲「明烏夢泡雪」(アケガラス ユメのアワユキ)のこと。実際の情死事件を吉原の花魁(オイラン)と若旦那・時次郎の情話として脚色した曲。

 この話にはモデルがいて、木更津(キサラズ)の紺屋(コウヤ、コンヤ)の息子・大吉と親分のお妾さん・とし。逢引(アイビキ)がばれて半殺しの目にあい別れ離れになるが、江戸深川で偶然にも再会した時には、男は長唄堀留派の四世に、女は深川芸者・亀吉となっていた。その後二人は一緒になり、大伝馬町に居を構えたとサ。めでたし、目出度し。

(チビの日記!!チビの愛唱歌 15)

by chibi-papa | 2006-05-20 19:28 | チビの愛唱歌  

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