吉田松陰終焉の地(52)18・05・20

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十思公園

 十思スクエア(元:十思小学校)の隣にあるから十思公園なのか、十思小学校の校庭だったからなのか。いずれにしろ十思(ジッシ)は「十思之疏」からきている。
 十思之疏(ジッシノソ)は唐の太宗皇帝(タイソウ コウテイ、唐王朝の第2代皇帝)に家臣・魏徴(ギチョウ)が差し上げた十箇条で、天子がわきまえなければならない戒めが列挙されている。その十番目に「施刑罰則思因怒而濫」(刑罰を施すには則ち怒によって濫することを思う)とある。これは、刑罰を課す時に、怒りのあまり過度な刑罰にしてしまうことのないように、とのことである。
 安政ノ大獄の裁きにあたって、為政者にこの戒めは通じなかったのか、残念でならない。


十思小学校の謂れ : 明治10年(1877)に開校した当時の所在地であった旧伝馬上町は第十四小区。第十四小区の学校ということで校名を付けるのにあたって、大区小区制での十四小区の十四と、十思之疏の十思の音が同じであることから十思小学校と名付けられた。
明治11年11月に大区小区制が廃止されると同時に15区が設置され、この地は日本橋区となる。その後、昭和22年に京橋区と合併して中央区となった。

十思ノ疏(現代訳)
一、欲しいと思った時でも、足るを知って、徒に(イタズラに)多くを望まないこと。
ニ、(省略)
三、高い地位にいる人ほど、謙る(ヘリクダる)ようにしなければいけないこと。
四、充ち満ちて(ミちミちて)いる時には、心を抑えて奢る(オゴる)ことがないようにすること。
五、 六 (省略)
七、立派な良い帝王といわれるためには、賢い家来をもちいて、その戒めを受け入れること。
八、 九 (省略)
十、刑罰を課す時に、怒りのあまり過度な刑罰にしてしまうことのないようにすること。
なお、「疏」 とは 「おろそか」 という意味。

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石町の「時の鐘」案内板

 安政ノ大獄は、幕末の安政5年(1858)から翌年にかけて起こった弾圧事件である。
 幕府の大老・井伊直弼がその施策である「日米修好通商条約への調印および徳川家茂(イエモチ)の将軍職継承」の反対派に弾圧を加えた。弾圧されたのは一橋派、尊王攘夷派の大名、公卿、志士(吉田松陰先生などの活動家)らで、連座した者は100名以上にのぼった。


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牢屋敷跡の案内板から落っこちそうになって、照れ隠しに舌を出すチビ

 安政ノ大獄の処分については寛典(カンテン、寛大な処分)論もあったのに、それを退けて厳罰に処すことを断行したのは大老・井伊直弼本人といわれている。
 直弼は独裁的に政策を断行。そして強権をもって治安を回復しようとしたのである。そのため、憎しみのあまり赤鬼と呼ばれた。横浜の掃部山(カモンヤマ)公園に立つ直弼の銅像は、明治42年に除幕式があったが、一夜のうちに銅像の首は切り落とされてしまったほど。


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写真は処刑場跡

 「十思之疏」を著した魏徴も松陰が死罪となったことを知ったら嘆くであろう。死罪にしてしまっては、「覆水盆に返らず」(フクスイ ボンにカエらず)でリセットしても松陰は生き返らない。でも、松陰先生のことだからあの世に行っても、読書に講義に忙しくしていることだろう。

魏徴も 天を仰ぐか 十思の疏 松陰の身は 盆にかえらず

あの世でも 講義続ける 大和霊 生死を忘れ ただひたすらに

あの世から講義続ける 大和霊 耳を澄ませば 音 観ゆるなり

この齢 この世の騒ぎ 前にして 松陰の香 この身に降りぬ

松陰の 教え遠くも 時は今 我が身留めし 大和魂
(以上 チビ)

江戸時代の刑罰
(ハリツケ)、獄門、火罪・・・江戸市中引き回しのうえ小塚原か鈴ヶ森で執行
死罪・・・小伝馬町の牢屋敷内で執行
遠島・・・終身刑
重追放、中追放、軽追放・・・追放
入墨・・・読みは同じでも刺青(イレズミ)とは違う。刑罰としての入墨
重敲き、敲き(タタキ)・・・重敲きは100回、敲きは50回
手鎖・・・一番軽い刑罰

公儀御様御用(コウギ オタメシ ゴヨウ) ; 斬首(ザンシュ)を担当したのは公儀御様御用・山田浅右衛門(ヤマダ アサエモン)の7代目・吉利(ヨシトシ)。山田家では常に剣の腕を磨いておくことは勿論、辞世の句を詠む者の心情を理解するため俳諧や和歌などを習得していた。
松陰辞世の句
身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

(チビの日記!!チビのお出かけ 52)
・・・ロハス的な生活(健康で持続可能性の高いライフスタイル)を心がけていきたい・・・
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by chibi-papa | 2006-05-20 18:50 | チビのお出かけ  

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