二つある大森貝塚 (39)18・03・12 

e0031605_12571444.jpg
大田区内の大森貝塚
 
 JR大森駅のプラットホームに「日本考古学発祥(ハッショウ)の地」の碑があり、その上に大森貝塚で発見された縄文式土器を模したブロンズが乗っている。モース博士が明治10年(1877)に発見してから130年後に、ボクはこれから大森貝塚を見に行く!いやがうえにも胸が高まるニャ~。

 大森町(現在の大田区山王1丁目)のNTTデータの敷地内に大森貝塚の碑がある。石碑には大森貝墟(オオモリ カイキョ)と刻まれている。貝の廃墟のことだから、貝塚のこと。

 「大森で発見された貝塚(shell mound)だから大森貝塚だね。」実に分かりやすくて明解。
 昭和52年(1977)に発掘100年を記念して、都大森貝塚保存会と現NTTで建てた「モース博士と大森貝塚」の銘板にはこの貝塚の重要性が記されている。


今から3千年前この付近に小さな集落を作っていたと思われるが、はっきりとした住居の跡はいまだ発見されていない。
縄文時代の気候は暖かく自然の恵みも豊かで、人々は竪穴式(タテアナシキ)の家を建てて生活するようになり、狩や漁のための道具にも工夫が加えられていった。土器の種類も深鉢→浅鉢→注口土器→壷と種類もだんだん増えていった。

e0031605_12521973.jpg
区境の謎のオブジェ

 区境の川を暗渠(アンキョ)にした上に 「ガードレールのお化け」?住民に聞いても、「区が作った単なる飾りでしょ!」 程度のお応え。左が大田区で右が品川区。
 ここから品川区に入る。


e0031605_1252316.jpg
品川区内の大森貝塚とモース博士

 アレ~?貝層標本が展示されているよ。それに大森貝塚の碑がここにもあるニャ~。ナァゼ~?
 モース博士は考古学者でなかったので、発見場所をはっきり著書に明記しなかったんだ。だから、長い間、論争になっていた。実はモース博士が発見した貝塚は、旧大森区内ではなく品川区内にあった!でも、大森駅から近いので大森貝塚でいいのニャ。


生物学者であるアメリカのモース博士は、そこで発見した土器・石器・人骨など多数の資料をもとに 『 Shell Mounds of Omori 』 を刊行し、日本の考古学や人類学などの発展に大きく貢献した。

大森駅 : 新橋・横浜間に鉄道が開通した4年後の明治9年(1876)に、大森駅が開業した。その翌年、横浜から汽車に乗ったモース博士は、大森駅を出て間もなくの車窓(シャソウ)から貝塚を発見した。

昭和22年、旧大森区と旧蒲田区が合併して、大森の「大」と蒲田の「田」をとって大田区になった。だから大田区には大田という地名はない。

 大森駅を出てすぐに石碑がある、その270m先の線路脇にも石碑がある。皆さんもJR京浜東北線に乗ったら2つの貝塚記念碑を車窓から確認してね 。

(チビの日記!!チビのお出かけ 39)
・・・ロハス的な生活(健康で持続可能性の高いライフスタイル)を心がけていきたい・・・
[PR]

by chibi-papa | 2006-03-12 12:54 | チビのお出かけ  

<< 川崎大師(40) 18・03・19  (38) 18・03・05 羽... >>