文化ノ日 23・11・03

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浅草寺境内の菊花展

 今日11月3日は「文化ノ日」。元々は睦仁親王(むつひと しんのう、第121代孝明天皇の皇子)の誕生日(旧暦だと9月22日)で、明治天皇の在位中は「天長節」と呼ばれていた。しかし、明治天皇の崩御と共に一旦廃止になった。
 昭和2年に「明治節」として復活し、戦後の昭和23年には「自由と平和を愛し、文化を奨める」を謳い文句に「文化ノ日」とされた。


明治5年に太陽暦を採用したため、 
明治元年(1868)~明治5年(1873)の天長節は9月22日。
明治6年(1874)~明治45年(1912)の天長節は11月3日。
(睦仁親王の誕生日を与えられた大室寅之祐の心境はいかに)

♪ 明治節 (めいじせつ)
[作詞]堀澤周安 [作曲]杉江 秀
一、
亜細亜の東 日出づる処                                             
聖の君の 現れまして                                               
古き天地(あめつち) 閉ざせる霧を
大御光(おおみひかり)に 隈なく祓い
教え遍く(あまねく) 道明らけく 治め給える 御代尊(みよとうと)

二、 略

三、
秋の空澄み 菊の香高き
今日の佳き日を 皆(みな)寿(ことほ)ぎて
定めましける 御憲(みのり)を崇(あが)
(さと)しましける 詔勅(みこと)を守り
代代木の森の 代代長(よよとこし)へに
仰ぎまつらん 大帝(おおみかど)


(まるで讃美歌のようだニャ~)

さし昇る 朝日の光 曇りなく 栄えむ國を 我が祈るかな (明治天皇御製)

天高く 秋の空澄む 文化の日 代代長へに 菊の香を聞く』(チビ)
 
 1866年(慶応2年)、父・孝明天皇が亡くなり、翌1867年、睦仁親王が16歳で第122代明治天皇になられた。その際、大室寅之祐なる者がすり替わって明治天皇になった、と言われているが定かでない(大室寅之祐を「表の明治天皇」、睦仁親王を「裏の明治天皇」とする説がある。この説によると明治天皇は二人三脚していたことになる)

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雷門通りを鎌倉武士が 牛 歩

 東京時代祭が開催されていた。浅草寺が興った飛鳥時代から江戸時代そして近代までの歴史を華やかな時代絵巻行列で表現している。場面は 「源頼朝 隅田川陣営」。
 1180年、頼朝は隅田川河岸に陣を張り、浅草寺に平家打倒を祈願したことをモチーフにしている。頼朝に率いられた威風堂々の千葉常胤(ちば つねたね)の軍勢が前を行く。既にこの年には事実上関東を支配。5年後の1185年に平家を滅ぼし、鎌倉時代が成立した。


源頼朝の活躍
1180年 : 伊豆で挙兵。鎌倉に侍所(軍事・警察組織)を設置。
1183年 : 東海道、東山道の行政権を獲得。
1184年 : 一ノ谷の戦いで平家を破る。
1185年 : 屋島の戦いで平家を破る。壇ノ浦の戦いで平家滅亡。
1192年 : 征夷大将軍となる。
(鎌倉幕府は1333年滅亡、鎌倉時代は1185~1333年の148年間続いた)

 行列の間隔がスローテンポ過 ぎ て、 何 だ か 眠 く な っ て き た ニ ャ ~

     パ パ ~ 帰 ろ う よ ~

それに人手が足らないせいか、女子供まで武士の恰好での行列にはちょっと興醒めしたニャ~。
 
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by chibi-papa | 2011-11-03 20:34 | チビのお出かけ  

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