広島平和記念日23・08・06

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東海寺・原爆犠牲者慰霊碑に手向ける涙、ただ熱い

 広島は今日、66年目の原爆の日を迎えた。原爆も原発も Nuke。原発に依存しない社会を目指さなくてはならない。
  東京に住んでいる被爆者が昭和33年(1958)に東友会(とうゆうかい)を結成。昭和42年(1967)、ここ東海寺に慰霊碑を建立した。慰霊碑の向って右には爆心地から2、3kmの地点の広島原爆石が添えられている。この石は京橋川(太田川の支流)に架かっていた御幸橋(平成2年に架け替えられた)の歩道の縁石で、燃えさかる市内から宇品方面に逃げる被災者で石造橋(道路・軌道併用橋で幅22m、長さ162m)の上は大混乱、凄惨を極めた。


広島に落とされた原爆は砲身型原爆(長崎には爆縮型原爆)で、臨界に必要なウラン235を2つの半球に分けておいて、起爆薬の爆発で半球同士を衝突させて臨界を起こす方式。

♪ ひろしまの母
広島音楽祭参加作品。島倉千代子にとって最後の古賀メロディー
[作詞] 石本 美由起 [作曲] 古賀 政男  (昭和52年)
一、
この世の命 終わるとも
わが子を想う 母の愛
哀しみ深い 広島の
定めを泣くか 太田川

<セリフ>
あれから、もう三十三年・・・
もしも、お前が生きていてくれたら幸せな日々が過せだろうに・・・
街ですれ違う人の後姿にも、ふと お前を偲ぶ母の淋しさは、
誰に、誰に打ち明けたら、誰に・・・
二、
訪ねて来ても この母に
(こた)えてくれる 声はない
御霊の眠る 慰霊碑に
手向ける涙 ただ熱い

三、
たとえ百まで 生きたとて
涙の乾く 時はない
平和を祈る 鐘の音(ね)
両手を合わす 夏の朝


 
 広島市上空600mで炸裂した原子爆弾(TNT火薬に換算して16,000トンの爆発力)は、一瞬にして14万人の命を奪い、焦土と化した。この歌は国民義勇隊(本土決戦に備えるために創設された国民総動員組織)の娘を失った母の深い慟哭を描いている。その後、原爆症で死亡した人を含めると犠牲者は25万人に達する。両手を合わす 熱い夏。

原子爆弾に八木アンテナの技術を用いた受信機能がセットされ、威力を発揮する上空600mで炸裂させた。
八木アンテナは八木秀次と宇田新太郎によって開発された指向性に優れたアンテナで、大正15年(1926)に特許権(第69115号)を得たものの、日本では全く注目されなかった。それどころか昭和16年には、重要な発明とは認め難いとの理由で特許は無効とされた。しかし欧米では八木アンテナは高い評価を受け、それを応用してレーダーの性能を飛躍的に向上させた。

原爆症 : 原爆による健康障害の総称
 ・ 熱線、爆風による創傷、熱傷
 ・ 放射線被曝による急性障害(発熱、下痢、脱毛など)
 ・ 放射線被曝による晩発性障害(癌、白血病、心疾患、白内障など)
枝野幸男官房長官は福島第一原発事故における晩発性放射能障害を指して、「直ちに健康に悪影響が出ることはない」と言ったのだろう。裏を返せば、4年後から放射能障害が目立ち始め、しだいに地獄絵図と化すだろう。そんなこと(広島・長崎の原爆、チェルノブイリ事故からして)常識なのにそれでも避難しようとしないのはあくまでも自己責任であって、今後、政府としては晩発性の障害が出ても責任を持てませんよ、と言っているようなものだ。だから情報を知った官房長官は国民のことは放っておいて、直ぐ5歳の双子と奥さんをシンガポールに避難させたらしい。
自己責任というからには、正確に情報を伝えることが大前提となる。枝野さん、言葉遊びをしている場合ではない。国を導く者の責任は重い。非人道的な罪として最終的に何らかの裁きにかけられることになるだろう。
枝野幸男に限らず高木義明文部科学大臣や山下俊一長崎大学教授などの御用学者も同罪であろう。

晩発性障害は癌に限らず、で実に様々な障害が出てくる。それは放射線被曝により免疫系が破壊されるからである。しかし、国連科学委員会(UNSCEAR、United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation )では、被災者の被曝線量データが明確でないことを理由に、放射線と病気の因果関係は科学的に証明されていないという立場をとっている。
原発事故が起きたら移住させるので、被曝線量データの入手は極めて困難どころか、事実上不可能にちかい。そこで我が国がとった非人道的行動とは・・・。

福島第一原発事故では強制避難を一部地域だけ限定したのは、因果関係を解明するための疫学調査には被災者の被曝線量データが欠かせないことから、心配ないと強弁し続け、住民が逃げ出さないよう囲い込んだ。これで疫学調査が可能となる。しかしそれは人間の実験用モルモットを多数獲得したということである。功名心に駆られた学者、許すまじ。

チェルノブイリ原発事故の場合、事故後4、5年から甲状腺癌の発症が増え、次に乳癌、そして骨癌が増えていった。福島原発の場合はチェルノブイリの時よりもスピードが早く、被害も大きくなるかも知れない。
 
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これニャ~に?

 東海寺に隣接する「子供の森公園」。これは一体何なんだろう?
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恐竜だ~!

 君の尻尾(しっぽ)だったのね。
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意外に大人しいニャ~!

 ハイド、ハイドウ。忽ち(たちまち)恐竜を飼い馴らしてしまうチビであった。

 本日、夜9時からNHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」があった。それによると、わが国はアメリカが原爆攻撃の準備をしていることを知らないまま、「想定外」の奇襲を受けたとしてきたが、実際は原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していたことが、新たな証言と資料から明らかになってきた。
 日本軍の諜報部隊が追跡していたのは、テニアン島を拠点に活動するある部隊。軍は、不審なコールサインで交信するこの部隊を、「ある任務を負った特殊部隊」とみて警戒していたのだ。8月6日、コールサインを傍受した軍は、特殊部隊が広島に迫っていることを察知。しかし、空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。
 そして9日未明、軍は再び同じコールサインを傍受、「第2の原爆」と確信した。情報は軍上層部にも伝えられたが、長崎の悲劇も防ぐことはできなかった。


 番組では、広島・長崎への原爆投下を巡る日本側の動きを克明に追う。情報を掴みながら、なぜ多くの人々が無防備のまま亡くならなければならなかったのか…。原爆投下から66年、その問いに初めて迫る調査報道だった。

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たッ、高かッ!

 こいつは首が長いからエレベータだニャ~!

 8月6日に向けて西部方面の第二総軍の将兵が、そして学徒動員も市中心部に集められた。このことはNHKスペシャルで触れられてないのには腑に落ちない。そして畑俊六(はた しゅんろく)元帥ら最上級幹部クラスは生き残ったのはなぜなのだろう。特に畑元帥は原爆投下時の所在はいろいろ云われていて定かでない。
 

昭和50年10月31日、両陛下は日本記者クラブ主催の公式記者会見に初めて臨まれ、昭和天皇は「原爆投下は遺憾には思うが、止むを得ないことと、私は思ってます」と述べられた。これには深い意味があるような気がする。
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by chibi-papa | 2011-08-06 13:30 | チビのお出かけ  

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