京王沿線Walking 19 23・05・21

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武蔵府中熊野神社古墳

 今回のコースは府中駅をスタートして武蔵府中熊野神社古墳→谷保天満宮→城山(じょうやま)公園→三田城跡→石田大橋→向島用水親水路→高幡不動駅までの9、5キロ。

 
熊野神社の境内に古墳がある。熊野神社はもともと別の場所にあって、1777年(治世は第10代将軍・徳川家治)に現在の地に移ってきた。だから、神社と古墳は直接的な関係はない。
 この古墳は上円下方墳(じょうえん かほうふん)といって極めて稀な形式で、全国でも5基しか確認されていない。その中でここの古墳は最大規模を誇っている。そして、この形式は近代以降の皇室の陵墓(明治天皇の伏見桃山陵、大正天皇の多摩陵、昭和天皇の武蔵野陵)にも採用されている。


 
7世紀の中ごろ(飛鳥時代)版築(はんちく、板築)という工法で造営され、その1段目の方形部は高さは50センチで1辺が32メートル。2段目の方形部は高さが2メートルで1辺が23メートル。3段目の円丘部は高さが2メートルで直径が16メートル。トータル5メートルの高さ。
 1段目には頁岩(けつがん)を加工した縁石を並べ、2段目、3段目は多摩川の川原石で覆われている。2段目と3段目で石の大きさを変えて視覚的に区別できるようにしていた(復元されたものは同じ大きさになっている)。周濠は現認できないが、1辺が80メートルと推定されている。


 頁岩 : 泥岩あるいはシルト岩(siltstone)ともいう。多摩川の河岸段丘(かがんだんきゅう)である立川崖線(たちかわ がいせん)に露出している。加工し易いが脆い。

 立川崖線 : 府中崖線ともいう。青梅付近から多摩川に沿う形で立川市内まで続き、中央線の多摩川鉄橋付近から東に向かい、錦町の旧立川市役所の南を通って南武線と甲州街道の間をさらに東に向かう。谷保の西で甲州街道の南に入る。そこからは甲州街道の500メートル南を東に進み、狛江市元和泉付近まで続いている。

 石室は前室、後室、玄室の3室から成り、その全長は9メートルにおよぶ。石室の床面にも多摩川の川原石が敷かれている。
 大刀(たち、直刀のこと、反り刀は太刀と書く)の鉄製の鞘尻金具(さやじり かなぐ、鞘の先端に付く金具)に銀象嵌(ぎん ぞうがん)が施されているのが玄室(げんしつ、棺を納める墓室)で発見され注目された。


 銀象嵌(銀象眼)工芸品の装飾技法の一つ。金属の表面に紋様を彫り、その窪みに銀を嵌(は)め込んだもの。

 飛鳥時代と云うとずっと古(いにしえ)の時代。江戸時代→安土桃山時代→室町時代→鎌倉時代→平安時代、まだまだ昔。奈良時代の先にやっと飛鳥時代に辿りつく。
 今から1300~1400年前のことで、飛鳥時代は聖徳太子が593年に摂政になってから、694年の藤原京への移転までの約百年間だ。
 そんな昔に造られた古墳を調査してみると、当時の文化が感じられロマンに浸ることができる。今度は我々の文化を将来に伝える番だ。


 ところで、今の我々は原子力発電所で電気を大量に作って、そのエネルギーで束の間の繁栄を楽しんでいる。原発からは必然的に高レベル廃棄物が出る。高レベル廃棄物は10万年に亘ってこれから地層処分しようとしている。
 10万年と云うとこの古墳が造られてから現在までの約75倍というとてつもなく超長期間にわたって隔離しなければならないが、果たしてそんなことができるのだろうか。
 もし、廃棄物が埋めてあるので危険だという申し送りが途絶えてしまって、宝物か何かと思って開けてみたら「死の灰」。放射能障害で苦しんだり、死んでしまってはロマンを追うどころでない。こんな恨まれる負の遺産を残していいのだろうか?
 リスクに見合うベネフィットは比較にならないほど小さいといえる。


 10万年という長さ
・ 邪馬台国(卑弥呼)から1800年
・ 神武天皇即位から2669年
・ 日本列島が大陸から離れたのが1万年前。10万年はとてつもなくなが~い。

 高レベル廃棄物の隔離処分方法
海底処分 : ロンドン条約で禁止。
宇宙処分 : ロケットの打ち上げは100%成功するとは限らないので、ダメ。
氷床処分 : 南極条約で難しいので、ダメ。
地層処分 : 地層処分しか残されていないのに、日本ではまだその場所すら未定。しかたがないから原子炉建屋の中にプールを作って、そこに使用済み核燃料を保管しているので、いつなんどき事故が起こるとも限りない。もし地層処分ができて地下500mに埋めたとしても、地殻変動の激しい我が国では、長い年月の間に隆起して高レベル廃棄物が剥き出しになってしまうかもしれない。これもダメ。と云うより、わが国には地層処分できるような安定した地盤はどこにもない。

 海底処分:大半は1973年(昭和48)から1982年(昭和57)の約10年間の間に実施され、投棄された放射能の総量は8、5京ベクレルと推定される。
・1946年(昭和21)
 →アメリカによるカリフォルニア沖に投棄したのが最初
・1975年(昭和50)
 →ロンドン条約:高レベル放射性廃棄物の海洋投棄が禁止
・1993年(平成5) 
 →ロンドン条約の改正:放射性廃棄物に拡張
・2006年(平成18)
 →ロンドン条約の強化:1996年の議定書が採択され発効

NUMO(ニューモ、原子力発電環境整備機構、原環機構) : 高レベル放射性廃棄物の地層処分事業体で、英文名の NUclear waste Management Organization of Japan と日本名が結びつかないように工夫している。訳せば、原発廃棄物管理機構などとすべき。言ってみれば 「核のゴミ」 の処分を司っている部門なのに、肝心のwaste の訳語をわざと消し去っている。こういうトリックを使うのは、何かを隠そうとしていることの表れ。

(チビの日記!!チビのお出かけ)




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by chibi-papa | 2011-05-21 23:00 | チビのお出かけ  

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