祈願(護国寺)23・4・10 

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護国寺の枝垂れ桜

 国難にあたり我が国を護りたまえ!

 福島第一原子力発電所は3月12日(土)午後に1号機が水素爆発、さらに14日(月)午前には3号機が核爆発(ピカドン)した。我が国を護りたまえ!

護国寺に 両手を合わす 春の午後 (チビ)

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                 核爆発(3号機)

 放射線は人間の遺伝子も猫の遺伝子も破壊するので、放射線(核分裂生成物、死の灰)とは到底共存できる相手ではない。特に内部被曝が怖い。

生物と放射線のエネルギーの違い(単位:エレクトロンボルト、eV)
・生物の分子結合のエネルギー ・・・・・・・・・・・・・ 数eV
・エックス線のエネルギー   ・・・・・・・・・・ ~100,000eV(100KeV)
・ガンマ線(セシウム137)のエネルギー ・・・・・ 661,000eV(661KeV)
・アルファ線(プルトニウム239)のエネルギー 5,100,000eV(5.1MeV)
これほど強力なエネルギーを受けたら、DNAの設計図が壊れてしまう。尤も壊れたDNAを直す能力が備わっているが、だからと言って全部を直せるとは限らない。

 BEIR (ベイル、Committee on the Biological Effect of Ionizing Radiation、電離放射線の生物学的影響に関する委員会)での結論は、被曝のリスクは低線量に至るまで直線的に存在し続け、閾値(しきいち、敷居値)はない(2005年Ⅶ報告)
即ち、どんなに微量な被曝であっても危険はあると結論づけている。というのが現在の学問の到達点になっている。

3・11後、計画停電を計画・実施したのは、要人を西に逃がす手段だったようだ。昭和20年に満州から要人がいち早く逃げたのと同じようだ。関東軍が守っているので安全です、との報道に居残った一般人は悲惨な目にあった。
 
 菅政権には国家非常事態への意識が感じられない。婦人運動家の市川房枝女史をもってして 『菅さんには心を許してはいけませんよ』 と言わしめたほど、虚飾に彩られたこんな人がこんな時に総理大臣になってしまった。不幸を嘆かざるをえない。

 あ~、枝垂れ桜か。
そうだ!、ここから南東に1キロの所に 「播磨坂ノ桜」 があったニャ~。


 原子力発電というのはフェイルセーフ(fail-safe、故障や誤操作があっても、安全な方に作動する仕組み)の原則が働かない。こんな危ないものを平和利用と称して始めたのは、確か中曽根康弘と正力松太郎だったニャ~!そこには核戦力保持の野望が見え隠れする。

 中曽根康弘(1918年~92歳):昭和29年(1954)、初めての原子力予算(2億5千万円)を国会に提出し成立させる。その翌年 国内ウラン調査費1,500万円でウラン鉱床(人形峠)発見となる(予算ー調査費=235百万円、ウラン235は核分裂の連鎖反応を起こす)。原子力開発の黎明期に奔走。

 正力松太郎(1885~1969年):読売新聞社主。CIAのスパイ、暗号名「ポダム」。昭和30年(1955) 衆議院議員当選。昭和31年 原子力委員会の初代委員長に就任。読売新聞は昭和30年元旦から原子力キャンペーンを始めた。

当時の新聞記事
・昭和30年1月1日 読売新聞
 1面は『アメリカの原子力平和使節 本社でホプキンス氏招待 日本の民間原子力工業化を推進』の見出し。これより読売新聞は連日原子力キャンペーンを展開。
・昭和30年12月31日 東京新聞
 『さて原子力を潜在電力として考えると、全くとてつもないものである、しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーの持つ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。
(中略)電気料は2千分の1になる。
(中略)原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない。大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運び込み、焚殻を捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間僻地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる』
今この新聞記事を読むと、原子力にかけた期待がことごとく誤りであったことが分かる。今でもカネとサケで黙ってしまうマスコミは、「社会の公器」などではなく「売文屋」にしか過ぎない。

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播磨坂の桜並木

 戦後の区画整理でできた環状3号線の一部(400m)で、この地にあった松平播磨守の上屋敷に因み播磨坂と名付けられた。そして昭和35年に桜の木が植えられ、現在は120本の立派な桜並木に成長している。中央部は緑道として整備され憩の場となっている。

 環状3号線の播磨坂部分は外苑東通りと一体化できずに終わったことがが、かえって桜祭りの恰好の会場となっている。しかし、今年の「第40回文京さくらまつり」は大震災のため中止となった。今年はどこも中止。

 3月11日の大震災から1ヶ月間というもの、近所の散歩にも連れて行ってもらえなかった。播磨坂の桜を見て少し元気が出てきたニャ~!やっぱり桜はいい!
 復興にしろ原発にしろこれから長丁場になる。電気を野放図に使うことだけが文明の進歩ではない。心柱(しんばしら)をしっかりして行くニャ~。


(チビの日記!!チビのお出かけ)
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by chibi-papa | 2011-04-10 23:00 | チビのお出かけ  

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