23・5・1 下谷神社

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下谷神社(元:稲荷神社)

 京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章(こいで ひろあき、1949年~61歳)氏は関西出身だと思っていたら、東京生まれの東京育ち。上野と浅草の間に位置する下谷稲荷町(したや いなりちょう、現:東上野)で生まれ育ったという。下谷稲荷町には稲荷神社があり、小出少年はこの辺りで遊んでいたのであろうか。

 小出氏は原子力の平和利用に憧れを抱いて東北大学工学部原子核工学科に入学するも、大学4年生のとき女川原発反対集会(1970年10月23日)で住民が発した 「原発がそんなに安全なら、女川(おながわ)でなく仙台につくれ!」 の一言で小出氏は目覚めた。原発の危険性に気が付き、原発を止めさせるために大学に残り研究者の道を歩んだ。昭和49年(1974)に京大原子炉実験所・助手(助教)となり、助教のまま現在に至っている。
 
 原子力をやめることに役立つ研究を、という信念を40年間に亘って貫き通すその姿は崇高という言葉しか思いつかない。原発を止めさせるには今しかない!その思いで昨日4月30日『反原発・脱原発デモ』にパパと参加した。

 午後2時に代々木公園欅並木南側を出発→公園通り→井ノ頭通り→宇田川町交番→東急文化村通り→ハチ公前交差点→明治通り→神南前交差点→神宮橋交差点→代々木公園欅並木北側をデモった。
『全ての原発みんなでとめよう!』
『原発重視の政策変えよう!』
『危険な浜岡、今すぐ止めろ!』
『子供を守ろう!』ついでに『猫も守って!』
『命を守ろう!』
『農地を汚すな!海を汚すな!』
『地方を犠牲にしちゃいけない!』
『原発なんかいらないよ!』
ボクはパパの肩に乗って、猫語で訴え続けた。
『ニャン!ニャン!ニャ~!』
『ニャン!ニャン!ニャ~!!』
『ニャン!ニャン!ニャ~!ニャ~!!』


 しかし残念なのは、小出助教が放射性物質はどんなことをしても絶対に消えないと断言し、微生物によって放射性物質が分解消失することを知らないことである。まあしかたがない。宇宙を形作る物質の内、人類が知っているのは数パーセントに過ぎず、大部分は未だに未知の領域なのだから。
 その場合、理論的に説明できなくても結果として放射性物質が消えてしまうのであれば、それを認めてあとでゆっくり理論づければよいのであって、まずは放射性物質を消してしまうことが何よりも優先されるべき事である。科学者の面子を保つことよりも、まずは福島の土地(日本の国土)を取り戻すことに集中してもらいたい!


(チビの日記!!チビのお出かけ)
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by chibi-papa | 2011-05-01 23:00 | チビのお出かけ  

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