ニャンタクロース22・12・19

e0031605_1612142.jpg
「銀座ミキモト」のクリスマスツリー

・・・ ツリーの根元には紅天狗茸らしきものが置かれている。北米では黄色の傘を持つものも生息する ・・・

  「銀座ミキモト」は御木本 幸吉(1858~1954)が明治32年(1899)に開店した我が国初の真珠専門店で、店の前には御木本幸吉の功績を称え「真珠王記念碑」が建てられている。
 真珠(pearl)は貝から採れる宝石で、生体鉱物(バイオミネラル)と呼ばれるもの。貝殻成分を分泌する外套膜が貝の体内に入り込むことで真珠が生成される。御木本幸吉の功績はそれを実験を通して産業化したことにあり、真珠王と呼ばれる由縁である。

明治26年(1893)に半円真珠の養殖に成功し、明治29年に特許を取得(第2670号)する。さらに明治38年(1905)には真円真珠の養殖に成功した。

明治38年に赤潮の発生で壊滅的な打撃を受けことが、養殖成功のきっかけであった。その死貝の中に真円真珠を抱いた貝が発見されたからである。
大正時代の半ば以後、真珠貝の量産体制によってロンドン、パリ、ニューヨークなどに支店を設け、「世界の女性の首に真珠を」の信念を実行したのである。

e0031605_2364350.jpg
銀座三越のライオン

 百貨店化を進めるため、明治37年(1904)12月20日に「合名会社三井呉服店」を「株式会社三越呉服店」に改称した。今日は12月19日だから、三越の名称になってから明日で丁度106年目を迎えることになる(社名から呉服店がとれて株式会社三越になったのは昭和3年)
 第4代将軍・徳川家綱が治世の1673年に三井財閥の基礎を築いた三井高利(1622~1694)が江戸で呉服店「越後屋」を開業したことに始まる。つまり「三越」は三井家の井と創業時の後屋からとったもの。

 三越のシンボルのライオン像は支配人・日比翁助(ひび おうすけ)が、三越がライオンのような百貨店の王者になることを願って大正3年(1914)、本店に設置したのが始まり。日比翁助はライオンが大好きで息子に雷音(らいおん)と名前を付けたぐらいだ。
 前足から尾まで2メートル70センチ、頭までの高さ1メートル20センチと存在感のあるライオン像だが、百獣の王・ライオンはネコ目・ネコ科に属しているから、大きさは全然違うがボクら猫の仲間なんだ。まあ、猫の分家と言ったところか。

 三越の包装紙「華ひらく」のデザインは洋画家・猪熊弦一郎。猪熊弦一郎といえば上野駅の壁画 『自由』 だ!

e0031605_1613532.jpg
上野駅のクリスマスツリー

 グランドコンコース中央に天井までとどきそうなクリスマスツリー。師走で慌ただしく行き交う人々。間もなく冬至、最も夜が長くなる。

猪熊弦一郎の壁画 『自由』 については、平成22年3月28日のチビの愛唱歌(47) ♪ あゝ上野駅 を見てね。
[PR]

by chibi-papa | 2010-12-19 16:14 | チビのお出かけ  

<< 22・12・31 根岸古墳群 22・12・18 京王沿線wa... >>