♪ 47 あゝ上野駅 22・03・28

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歌碑のレリーフ

 東北地方から集団就職した彼らの夢や故郷への思いを代弁した歌。 “ あゝ上野駅 ” 井沢八郎の歌声が聞こえてくるようだ。

 今はない18番線
e0031605_1544335.jpg・レリーフ右上の数字の「18」は18番線ホームの意。集団就職列車が入線して来た18番線ホームは中央改札口の一番右にあった。(平成11年に廃止され永久欠番に。19番線~22番線は新幹線の地下駅ホーム)

レリーフの蒸気機関車の前照灯の脇にもう一つあるのは副灯と言って、前照灯の電球が切れた際に使用する。
C62形蒸気機関車については平成20年8月30日のチビのお出かけ166を見てね。

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歌碑の歌詞

 一番と二番の間に台詞が入る。
“ 父ちゃん 僕がいなくなったんで
母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ
今度の休みには必ず帰るから
その時は父ちゃんの肩も母ちゃんの肩も
もういやだっていうまで敲(たた)いてやるぞ
それまで元気で待っていてくれよな ”


 こういう台詞が入ることもある。
“ 母ちゃん 今度の休みには店の旦那さんも
故郷(くに)に帰れって言って下さってるんだ
俺 今度帰ったら 母ちゃんの肩を
もういやだと言うまで敲いてやるさ ”


 啄木の歌碑
e0031605_1552879.jpg ・二番の後半部分に、石川啄木の 『ふるさとの訛りなつかし停車場の 人混みの中に そを聴きにゆく』 を入れている。
(そを=それを=訛りを)

三番の “ ホームの時計 ” は18番線ホームの時計を指している。

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歌碑の由来

 この歌碑は上野駅開業120周年記念の一環として建てられた(前年にはアトレ上野が誕生している)

上野駅は明治16年(1883)開業。明治23年(1890)東北本線上野~盛岡間開通。

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上野駅構内のグランドコンコースの真ん中に桜咲く

 中央改札口に猪熊弦一郎(いのくま げんいちろう、明治35年~平成5年、享年90)画伯の壁画 『自由』 の左半分13、6mが見える。林檎と女性、スキーと男女、温泉に浸かる人など東日本の風情を物語風に描いた壁画 『自由』 は「北の玄関口」の象徴となってきた。

 昭和26年(1951) 制作
 昭和59年(1984) 昭和の修復
 平成14年(2002) 平成の修復(修復作業が見えるように防護シートを透明にし、作業着は揃いの赤だった)

 しかし、東北・上越新幹線の始発駅が東京駅に変わったことで、そのターミナル性は大幅に減じてしまった。さらに、平成20年(2008)より上野~東京間の東北縦貫線の工事が始まった。
 平成25年度に完成すると宇都宮・高崎・常磐線方面から東海道線東京・品川方面への直通運転が可能となる。すると上野駅のターミナル性はさらに減ずることになる。だが、壁画 『自由』 がある限り上野駅の思いは生き続ける。


東北縦貫線の工事状況 : 神田駅付近では新幹線高架橋の上に、新たに縦貫線の高架橋を新設することになっていて、橋脚が立ち始めた。東京方のアプローチ区間は姿が見えてきた。上野~秋葉原間の線路改良工事も順調に進んでいるようだ。
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by chibi-papa | 2010-03-28 19:34 | チビの愛唱歌  

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