京王線沿線Walking14 (218) 22・01・16

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鑓水公園(やりみず こうえん)

 今回は、北野駅→北野天満神社→梅胴寺→打越弁財天→北野台中央公園→大塚山公園→絹の道資料館→養蚕農家・小泉家屋敷→鑓水公園→小山内裏公園→多摩境駅の12キロメートル、冬の八王子郊外をウォーキング。

 鑓とは槍(やり)のことで、この辺りでは山肌から湧き出る水を汲むため、竹を槍状に切ったものを刺して使ったことから鑓水という。一寒村(いち かんそん)だった鑓水村は幕末から明治にかけて忽然(こつぜん)と歴史に登場し栄華を極め、そして急速に衰退していった。
 明治維新の9年前の安政6年(1859)横浜開港に伴い八王子と横浜を結ぶ絹の交易ルート 『絹の道』 がクローズアップ。鑓水の商人は八王子で仕入れた生糸を多摩丘陵を人馬で越えて横浜まで運び、そこで売り捌いて巨万の富を得た。生糸は八王子産はもとより信州(長野県)、甲州(山梨県)、上州(群馬県)方面からも八王子に集積され、横浜港から輸出されていった。
 大活躍の鑓水商人であったが、明治政府による鉄道網、道路網の整備により 『絹の道』 は急に歴史の彼方に消え去ってしまった。
 多摩ニュータウン開発からやや取り残された感のある鑓水地区も整備されてきた。


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小山内裏公園(おやまだいり こうえん)・大田切池

 小山内裏公園は多摩川の支流・大田川の源流にあたり、大田切池は「大田川が切れる所」という意味を持っている。凍りついた池の中の枯杉木立(かれすぎこだち)が、印象的な景観を形作っている。

内裏(だいり)とは御所(ごしょ、皇居)のことで、そのむかし御所に所縁(ゆかり)のあった人々が移り住んだという伝承からこの辺りは内裏といわれている
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by chibi-papa | 2010-01-16 16:25 | チビのお出かけ  

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